2011年7月30日土曜日

アルファとともに

新潟からの帰路は西堀通りからスタート。
柳と縦の信号が新潟らしさを象徴しています。



新潟中央インターチェンジで磐越道へ



学生のころ利用していた磐越西線の車窓からの風景と
変わらない青い空、緑の木々


青と緑のコラボレーションがどこまでも続きます
車ごとフィトンチッド浴びたような気分


前日は霧がかかっており、まったく見えなかった磐梯山。
この日は山裾がとてもきれいにくっきりと。


このトンネルが一番長かった~。


スワンちゃんトンネルの中へ


          道中活躍してくれたのが、アルファロメオ147君でした。


※

2011年7月28日木曜日

少林寺拳法部OB会 「宗心会」


大学時代の部活、少林寺拳法部のOB会の集まりがあり
新潟へ行ってきました。

OB会の正式名称は
日本歯科大学新潟生命歯学部
少林寺拳法部 「宗心会」。

少林寺拳法の創設者であり、開祖である「宗 道臣」先生の
志を受け継ぎ、その意向に沿って
我々は活動していくということで、
「宗 道臣」先生の名前をいただいて、
「宗心会」と名付けられました。

「宗心会」は、
会員相互の親睦を図るだけでなく、
少林寺拳法部の現役の育成をも目的としているので、
年に2回の総会、夏冬開催のうち、
夏は必ず母校・新潟で行なわれ
懇親会に現役を招き、交流を図ったり、
大会前の練習にOBが参加するなどの
スケジュールが組み込まれています。


話は、ず~っと遡りますが、
このOB会ができたのは、私達が学生だったころ。
確か大学3年か4年のときだったと思います。

そのころは、
「大学を卒業する→国家試験に合格する」という
大きな目標が頭の中に存在していましたが、
その目標を達成し、
しかも少林寺拳法部に6年間所属し、全うした者だけが
入会する会であるということで、
当時は、「宗心会」という名前を聞くと
「少林寺拳法の哲学をもった歯科医師の集団」
「大人」 「社会人」 というイメージでした。

宗心会に入会してからの約10年は、
年2回の集まりには、何か余程のことがなければ
参加していました。

しかしながら、いつごろからか次第に足が遠退き、
この10数年は、ほとんど参加することもなく
案内が届いても返事を出さず、ということもよくありました。

「いつまでも大学時代の部活の集まりにこだわっていても・・・・」
と思うこともあり、
心の中では、
「もっと歳をとっておばあさんになってから参加しようかな・・・・?」
な~んて考えていました。

そのような中、数年前ある大きな出来事が起こりました。

6年間、少林寺拳法部で泣き笑いをともにしてきた同級生が
病いで倒れたのです。
当時、意識はなく社会復帰は難しいだろうとの診断でした。

その時、私の頭の中を駆け巡ったこと・・・・。

   もし、自分が病いで体が自由に動けなくなったらどうだろう?

   部活は練習が厳しくてつらいときもあったけれど、
   あのころが一番のびのびと楽しく過ごせた時だったのかもしれない。

   自分は少林寺拳法が好きだったし
   少林寺拳法部の先輩、同級生、後輩も大好きだった。

   おばあさんになったら宗心会に出よう、なんて思っていたけれど、
   その前に自分の体が自由にならなくなったら、
   みんなに会うこともできなくなってしまうだろう・・・。

   ならば、今だ!

   今、皆に会える機会があれば、
   その機会を無駄にせず会いに行こう!

そう思いはじめ、懇親会だけにポツリポツリと参加し始めたのが
2年前。


そして、今回。
60回めを迎える宗心会総会。

懇親会には、一昨年あたりから顔を出すようにしていましたが、
総会そのものに、参加するのは実に15年ぶり。

驚きました!
総会次第は満載で、、まことに充実していたものでした。

宗心会会長・平井一也先生(東京町田市開業)の
挨拶から始まり、

出欠の確認後、ブロック活動報告。
活動活発化するために、北海道、東北、関東などと
地区ごとにブロック化されており、各地区からの報告です。

会計担当から会計報告に続き、
監督からは現役の現状報告、
学内医局員の影山教授(前ブログ登場です)からは
学内現状報告など
久しぶりの私にはとても新鮮で、
担当の先生方には頭が下がる思いでいっぱいでした。

続いて、1年後に控える40周年記念祝賀会準備の
進捗状況説明がなされ、
(上の写真は、平井先生が説明なさっているところです)

協議では、40周年記念に関する企画をさらに煮詰め決議し、
常日頃、打ち合わせする機会がない状況の中
よくぞ、ここまで詰めて下さったなと
感謝!感謝!でありました。


総会だけに限らず、会議やミーティングを開催する際は、
その準備や段取りは重要です。

私めもこの10数年、歯科関係の会議や総会の
準備、資料作成、などに関わったり、
時には、司会進行や議長なども仰せつかるなど、
社会勉強させていただく場を与えていただくことで
裏方の大変さ、段取りの重要性は
痛感しているところでありました。


事務局とトップが遠隔地というハンディを
克服しながらの総会開催。

来年の冬は、九州での開催、
1年後は新潟で部創立40周年祝賀行事開催が
予定されていますが、
私はこれからは、できる限り
宗心会に参加していくつもりでいます。


なんで?ともし誰かにきかれたら、

ウ~ン・・・・
一言でいうならば、
少林寺拳法部を通しての、この仲間が好きだから!

ただ、それだけです。

合掌

2011年7月24日日曜日

新潟へ

久しぶりのアップです~。
皆様お元気でしたでしょうか???

私は、今、新潟に来ています。
しかも・・・車でですよ!
車で!

ところで、
上の写真は、実は2~3年前のものですが、
母校、日本歯科大学新潟生命歯学部解剖学教室の影山教授を
訪ねていった時撮っていただいたものです。

写真の右端にいるのが、影山教授。
真ん中にド~ンといるのが、マンモス君の標本。

影山教授は仙台出身で、
私の少林寺拳法部時代の大の先輩。
新潟再生歯学研究会の講師でもあります。

この22日、影山教授は東北大歯学部の学生さんへの
講義で、仙台にいらしていました。

23日、少林寺拳法部の集まりが新潟であり、
車で新潟へ行こうとしていた私は、
(もちろん、高速料金無料の影響です!)
影山先生が新潟へお戻りになる車の後をくっついて
無事に新潟へ来れた!というワケです。

仙台出発前には、影山先生から
眠気覚ましのガムと 伊右衛門「京番茶入り麦茶」
そして、ドライブに活性持続「メガシャキ」の差し入れがありました。
感謝です~。

で、影山先生に、
「速くてもノロノロでも、ワタシ後ろからくっついて行きますから、
影山さんのペースで行って下さいね~」と、
言ったのはいいけれど、
高速道路にのった瞬間思い出しました。

「あ~、そういえば影山先生ドイツに留学していたことあったんだ!
 あの加速の仕方はアウトバーン用だ~」

(私めも、いちおうドイツは2回ほど。
 インプラントメーカーの工場見学などでアウトバーンの  
 あの凄さは経験しておりまして・・・・)

途中休憩でお聞きしましたところ、
「ドイツにいた頃は、アウトバーンは時速270㎞、
メルセデスでビュッと普通に走ってたサ~」とのこと。

うっひゃ~、やっぱり!
あのスピード、ナットクでした~。


昨日、仙台を出るときは、まだ寒さ、涼しさが残っていましたが、
阿賀野川サービスエリアからは暑かった~。


ところで・・・

毎度登場させていただいております私めの顔写真、
実はこの写真からとったものであります。
まさかすぐ隣にマンモス君がいるとはね~。


                 ※

2011年5月31日火曜日

マザーテレサ 

「あなたの中の最良のものを」

人は不合理、非論理、利己的です
気にすることなく、人を愛しなさい

あなたが善を行なうと、
利己的な目的でそれをしたと言われるでしょう
気にすることなく、善を行いなさい

目的を達しようとするとき、
邪魔立てする人に出会うでしょう
気にすることなく、やり遂げなさい

善い行ないをしても。
おそらく次の日には忘れられるでしょう
気にすることなく、し続けなさい

あなたの正直さと誠実さとが、
あなたを傷つけるでしょう
気にすることなく、正直で誠実であり続けなさい

あなたが作り上げたものが、
壊されるでしょう
気にすることなく、作り続けなさい

助けた相手から、
恩知らずの仕打ちを受けるでしょう
気にすることなく、助け続けなさい

あなたの中の最良のものを、この世界に与えなさい
たとえそれが十分でなくても
気にすることなく、最良のものをこの世に与え続けなさい

最後に振り返ると、あなたにもわかるはず
結局は、すべてあなたと内なる神との間のことなのです。
あなたと他の人の間のことであったことは一度もなかったのです。

  ~ マザー・テレサ ~

前ブログでは、祖母の一句をアップしましたが、
今日は、マザー・テレサから全世界へのメッセージ。

          ※

2011年5月24日火曜日

祖母の一句

「 病い得て 余儀なく入院 五月晴れ  泉香 」

この句は、今はなき祖母が26年前に詠ったものです。

祖母は父親の母で、名前は「小田部(おたべ)とめ」。
お歌を詠むときは 「泉香」 。


   お医者様に入院するように言われ、しかたなく入院したけれど
   またすぐに元気になるでしょう、と
   沈んでいる様子でもなく、暗さや重さも感じられない。
   「五月晴れ」という言葉からは、むしろ、「晴れやかさ」が伝わってきて、
   そんな祖母の気持ちが、読み取れる一句でした。

しかしながら、その入院のまま祖母は亡くなってしまいました。
昭和60年5月22日。

大学を卒業してちょうど1年たったばかりの私にとって、
成人して初めて接する「死」でした。

そして、昨日はその27回忌の法要。

あれから26年も経ってしまったのかと、
時の流れのはやさに驚き、
当時、般若心経を読解し、「輪廻転生」の本を夢中で読んでいた
そんな昔の自分の姿を懐かしむ
機会でもありました。

この日は、同時に
祖父・小田部利(とし)の23回忌、
伯父・小田部晃(あきら)の17回忌も執り行われました。

父方の親戚が集まり、顔を合わせるのは震災後初めて。

日頃の無沙汰を詫び、ともに元気であったことを確認し、
これからも体に気を付けていきましょうと互いに励まし合いながら
また別れる。

そんな当たり前のことだったのですが、
皆無事で、再会できたことがが、とっても有難いことで、
それが幸せというものなのかもしれない・・・
そんなことを痛感した一日でもありました。

合掌

             ※

2011年5月18日水曜日

Shanta from Qatar


今日は、とってもとっても懐かしい友人が訪ねて来てくれました。
遠い国、カタールから!

写真中央が、シャンタさん。

彼女は、アメリカ、ニューヨーク大学出身。
1996年ころから2000年までの数年間、
ALTとして、つまりAssistant Language Teacher 外国人語学講師助手として
京都、札幌、宮城に滞在し、英語を教えてくれていました。

もちろん、わたしもその生徒の一人で、
彼女が日本を離れる前までお世話になりました。

週1回、診療後、シャンタさんの部屋を訪ね、
個人レッスンをうけ、そのあとはおしゃべり~。

彼女は敬謙なイスラム教徒。
その文化や習慣の違いを教えてもらったり、
ニューヨーク出身なので、N・Yの話で盛り上がったり・・・。
(ニューヨークは、当時一番大好きな街でした。
 その後、イタリア・ミラノに行くまでは・・・・)

また、学校の授業のない時間に、患者さんとして診療に通い、
時には、一緒に美術館に足を運び、
ランチ誘っても、ラマダンなのと断られ、などなど・・・。

異国の友人達との思い出は、またひと味違った楽しい記憶として
よみがえります。

そして、このたびなんと10数年ぶりの再会。
しかも、9歳の愛息子連れて!

日本出国直後は、オマーンで英語の先生をして、
今は、その隣の国カタールで、やはり英語教師として活躍しているとのこと。
今は夏休みだそうで、1週間しか日本に滞在できないということで、、
あすは被災地にいってボランティア活動し、20日には
カタールに向けて発つと言っていました。

久しぶりにシャンタさんに会えて、母も大喜び!

元気出たよ、シャンタさん。
訪ねてきてくれて本当にありがとう!

 It was very nice meeting you, again !
Thank you ,Shanta!!

                                                ※

2011年5月6日金曜日

復興構想会議

あれは、4月の半ば。

いつものように (というよりも、震災後は、きまって)
夜9時からのNHKのTV番組
ニュースウォッチ9を見る時間帯に合わせて
お夕飯を食べていました。

その番組でのインタビュー。

回答と解説は、
振興構想会議の検討部会メンバー、藻谷浩介さん。

日本政策投資銀行参事役で、
著書「デフレの正体」はベストセラーだということです。
、

「被災地の復興について、どうように考えているか?」
という質問に対してのコメント、

「自分は過去に国内ほとんどの町を訪れていて、
 その地域の特性を知っている。

このたびの地震や津波で沿岸部は大きな被害を被ってしまったが
水産資源は被害を覆っていない。
豊かに水産資源が残っている限り、被災地は必ず復興します!」と、

言い切った。

凄い!

頼もしい~。
この力強さ。

食べるのも忘れ、思わず手を叩いてしまいました。
「これだ!この言葉を待っていたのだ!」と
私と同じように思った方もきっと多いはず。

断言して下さったこの言葉を
被災された町の住民の方がきいていたら、
どれだけ励みになっただろう!
どれだけ救いになっただろう!

その言葉の中には、
決して誇大な表現があるわけでもなく、
まわりくどい説明するでもなく、
専門用語など難しいことばなど使わずに
終始、誰がきいてもわかりやすく、
何よりも、その話し方が誠実だった。

そのような印象でした。

ニュースやテレビ番組で、
できれば、また藻谷さんの力強いコメント聴きたい、、
などと思っていたら、

宮城県で新たに設けられた「震災復興会議」の
12人のメンバーのお一人として、バッチリ入っており、
早速5月2日、第1回目の会議が執り行われました。

まずは、8月中に復興計画を策定する予定ということですが、
藻谷さんはじめ、専門家の方々よろしくお願いいたします!


               ※