2013年1月1日火曜日
2012年を振り返る 4 ~熊本・生田歯科医院見学~
2012年を振り返る 4 ~熊本・生田歯科医院見学~
2月に熊本に行き、
学生時代、お世話になった先輩のお墓参りをしてきたことは
このブログでもご紹介しましたが、
その際、熊本県天草市にある生田歯科医院におじゃまし
二日間にわたり、見学をさせていただきました。
生田歯科医院は、
患者さんの予約システムから、院内の完全な滅菌体制、
DNAによる歯周病検査など
私達歯科医師が多くを学ばなければならいことをすでに実践している
歯科医院です。、
6年前に生田先生の講習会を受講し、
いつか機会があれば、見学させていただきたいと思っていましたが、
このたび、ようやくそのチャンスが訪れました。
そして、少しずつですが、佐藤歯科のシステムにも取り入れ、
現在、実践模索中!
生田先生、その節は大変お世話になりました。
次回は、スタッフも一緒に見学にお伺いしたいと思っています。
♡ ♡ ♡ ♡
2012年を振り返る 3 ~アンソニー・ロビンス~
2012年を振り返る 3 ~アンソニー・ロビンス~
今年8月、アンソニー・ロビンスのセミナーに参加しました。
世界№1コーチと言われている彼。
な、なんと私と同じ年だった!
それを知ったその瞬間、
7年前からいつかは彼のセミナーに参加したいと
密かに思っていた気持ちが、
急に加速化され、
「世界ナンバーワンと言われるアンソニーっていったいどんなヤツ?」
というのと、
私自身、パーソナルコーチを目指して勉強中なので、
「超一流と言われるカリスマコーチのセッションをこの目で見て来なくては!
というのとで
この夏、彼に会いに行こうと決心し、
実際、彼の生のメッセージを聴いてきました。
実に6日間に及ぶセミナーでした。
その前に・・・・
アンソニー・ロビンスって誰なの?とご存知ない方も
いらっしゃると思われますので、簡単にご紹介します。
彼は、例えば、
アメリカ合衆国元大統領ビル・クリントンや
英国の故ダイアナ妃、
また愛に生きたことで世界的に有名なマザー・テレサ、
他にもまだまだワールドワイドで活動している人物の
パーソナルコーチをしていました。
そして現在もなお、コーチとして活躍しています。
パーソナル・コーチとは、
スポーツのコーチと明らかに違うのは、
一人ひとりにそのやり方や技術を教えるのではなく、
会話の中で質問を通して、
その人が本来持っている能力や知識、考え方などを引出し
本人自らが答えを見つけ出す・・・。
あくまでも、その手助けをする役目というものです。
彼のコーチングセッションを目の前で見て、思ったこと、感じたこと。
彼は、愛そのものでした。
彼のまなざしは愛に満ち溢れていました。
「彼のセミナーをどんな言葉を遣って説明しても、説明しきれない。
参加してみないと、その良さは伝わらない」と、よく言われていますが、
まさにその通りで、この言葉がそのままです。
しかしながら、何か一つだけ伝えるとすれば、
「自分に制限を設けない」ことを彼に教わった、ということです。
上の写真2枚は、他のセミナーの宣伝に載っているものから取らせていただきました。
♡ ♡ ♡ ♡
2012年を振り返る 2 ~今年読んだ本~
2012年を振り返る 2 ~今年読んだ本、読み直した本~
今年も、いろいろな本との出会いがありました。
初めて読む本もあれば、
以前読んだことがあるのだけれども、また読みたくなった本、
いろいろです。
新しい本との出会いでは、
「私の声はあなたとともに」
ミルトン・エリクソンのいやしのストーリー シドニー・ローゼン編
昨年暮れにこのブログでご紹介しました。
2年越しで読んだ本。
「老いと死は遺伝子のたくらみ」 日高敏高著
著者は東京大学の理学部出身で
京都大学の名誉教授をなさり、
3年前に亡くなられています。
完全に理系のはずなのに、文章の綴り方が、もの凄く上手く、
内容は然ることながら、文の構成でも興味深く拝読しました。
この本は、従弟であり、歯科医師である木村篤君の
おススメ本でした。
「スロージョギング健康法」 田中宏暁著
タイトル通り、「スロージョギングで健康作り」について
書かれています。
この本のお陰様で、10月の10㎞マラソン完走できたといっても
過言ではありません。
この本を読む前に実際、田中先生のスロージョグの講習会を受講。
大阪歯科大で開催されましたが、
ジョギングの実習は大阪城公園。
とても楽しく進められ、モチベーションアップにもなりました。
以上は、新しく出会った本、ベスト3。
以下は、かつて読んだことがあり、また読みたくなって読んだ本。
「一瞬で自分を変える法」 アンソニー・ロビンス著
世界ナンバーワン、カリスマコーチ、アンソニー・ロビンス。
彼のセミナーを受講することを決めてから、
この本3度めの読書スタートしました。
コミュニケーション心理学ともいわれるNLPを使って
自分を変える!
そのノウハウがビッシリ詰まっている佐藤おススメの1冊であります。
「7つの習慣」 スティーブン・コヴィ著
何度目というよりも、いつも寝る直前に読む本として
枕下に置いている1冊。
なので、同じところを何度も何度も読んでは、納得し、
眠りに入ります。
と、いうよりも・・・・正確には・・・
納得する前に眠ってしまうので、
いつも同じところばかり読んでいます。
著者のいう人格主義。
自分自身の人格に深く内面化させる
「誠意、誠実、謙虚、勇気、正義、忍耐、勤勉、節制」
これらは、国や時代、宗教、文化を超える普遍的な正しさ。
このフレーズを読むたびにワクワク、やる気が出てくるのは
とっても不思議。
とても残念なことに、この夏、コヴィ博士はご逝去されました。
コヴィ博士のご冥福をお祈りいたします。
♡ ♡ ♡ ♡
2012年12月31日月曜日
2012年を振り返る 1
大変ご無沙汰しておりました。
10月のスイーツマラソンから、早2ヶ月半。
ブログを更新する間もなく、
あれよあれよと時間が流れ、
2012年も残すところ、あと数時間となってしまいました。
皆様、お元気でしたでしょうか?
この間、いろいろ出来事やイベントがあるたびに
「ブログにアップしたい~」と思うのですが、
パソコンと向き合う時間が十分取れなかったり、
他に優先すべきことが発生するなどで、
なかなか思い通りには、いきませんでした。
そして、今、ようやくPCを目の前に、
駆け足で、恒例の「振り返り」をしてみようかと思っています。
2012年12月10日月曜日
麗しの勘九郎殿
勘九郎が亡くなった。
平成24年12月5日。
57歳の若さで・・・・。
中村勘三郎襲名をしてから、もうだいぶ経つのに
彼はいつまでたっても私の心の中では勘九郎である。
なので、長男の勘九郎さんには、申し訳ないのだけれども、
ココでは勘九郎と呼ばせてもらうことにします。
さて、勘九郎の存在を知ったのは、
はるか昔になりますが、そうあれはまだ中学1年の頃。
当時、私は下宿をしていたのですが、同じ下宿屋さんに
白百合学園高校に通うお姉さんが隣の部屋に下宿しており、
私達二人は仲良しでした。
そのお姉さんが、勘九郎の大のファンで、
「勘九郎にファンレター出した」だの、
「そしたら、勘九郎から返事がきた」だのと
いつも、話題に勘九郎が登場していました。
でも、当時の私はどんなに話を聞かされても、
「フ~ン、そうなの」程度で終わり、
勘九郎に特に興味を示すことはなかったのを記憶しています。
が、相当長い年月が経ってから
大学を卒業し数年後、東邦歯科診療所で勤務医をしていた頃、
ミュージカルや芝居、絵画、などに興味をもつようになり、
たまたま勘九郎の歌舞伎を観て、
「勘九郎ってスゴイ!」
「彼はどこか、普通の役者さんとは違う!」
それから勘九郎の出演するお芝居を観に行くようになりました。
上の写真は、その当時のもの。
実に今から25年前。
もしかしたら、先代の中村勘三郎が亡くなったころかもしれません。
当時から、勘九郎は歌舞伎の世界だけでなく
芝居、テレビ、コマーシャルでも引っぱりだこでした、
彼の何がおもしろかったかと言うと、
その役になり切りながら、
多くの観客の視線、呼吸、その場の空気を読み
最後は、舞台と観客とを一体のものに作り上げるその絶妙な技、
彼にしか成し得ない特技ともいえるものを持ち合わせていると
私は思っていました。
恐らく多くのファンの方がそう思っていたに違いありません。
簡単に言うと、
アドリブで観客を必ず楽しませてくれたことでした。
その時の世間を騒がせている事件や話題を取り入れて、
即興でセリフを言って笑わせてくれるあたりが、独特でした。
「う~ン、やっぱり勘九郎って凄いわ~!」
観るたびに、パワフルな姿に引き込まれていったものです。
そんな勘九郎は、いくつになっても勘九郎。
勘三郎襲名しても、やはり私にとっては勘九郎でした。
彼には、あと30年、せめて20年は頑張っていて欲しかった・・・
先日、築地本願寺でお別れ会が執り行われたということですが、
ここに、勘九郎さんのご冥福をお祈りいたします。
勘九郎、天国でも皆を楽しませてね~。
♡ ♡ ♡
2012年10月21日日曜日
スイーツマラソン ~チャレンジングな時間 2 ~
スイーツマラソン。
はじめてマラソンを走っただけでなく、
う~ン、ナンとか、完走しました。
種目は10㎞マラソン。
1周が2㎞あるコースを、5周走ります。
完走時間は、はずかしいですが、84分13秒。
こんなに長い時間走ったままの経験は
未だかつてありませんでした。
そして、この84分の間、
いろいろな感情が沸いては、消え去り・・・。
自分の気持ちや感情は、刻々と移りかわり、
こんなに変わるものなのか、ということを
あらためて知りました。
苦しくなって歩いてしまうこと何十回。
共に参加した後輩には、先に行ってて~と見送り、
後輩の姿が見えなくなると、
自分は1周で終わってしまってもよいかも、と
まず、甘い考えが私の脳を支配します。
しかし、1周を終えたところで、
「このまま終えるのはもったいない」と欲が出て、
では、もう1周。
だんだん苦しくなって、
「絶対2周めで終えてやる~」と決意しながら走る、走る。
下りの坂は、自然に足が動いてくれるけれど、
折り返しての上り坂は走りたくない~。
苦しい~。
スイーツのエイドに立ち寄っても、
「スイーツ食べてる場合じゃない!」と
食べたい気持ちは、押し殺し
水分補給だけにして、2周目のゴールを目指します。
タイムキーパーの前を横切った瞬間、
「ゴールイン!おめでとうございます!」という
メッセージがアナウンスされ、
え?ワタシ?・・・まさか~ と思いきや、
なんと、5周走り終えたランナーがゴールインだったのです。
それでも、他のランナーは黙々走る。
う~ん、今ここでリタイヤして楽になるのは
簡単だけど、苦しいのは私だけじゃない。
参加している誰もが、苦しいのだ、そう思い始めたら、
足は前へ、前へと動く。
沿道に立っている年配のスタッフの方が
「大丈夫ですか~?」と声かけて下さるが、
そういわれれば、「大丈夫ですぅぅぅ~」と、
流れにのってその返事しか出ない。
苦しい人が「苦しい~、助けて~」と素直に言えるような、
訊き方って何だろう?などと考えながら、
走る、走る。
3周走り終えようとしたとき、後輩に抜かれ、
「がんばろう~」とハイタッチして再び見送り、
その掛け声に反応して、4周目に突入。
でも、やっぱり「苦しい~」から、4周で終わりにしようと
ヘロヘロになって走っていると
別のスタッフの方に、
「苦しかった無理しないでね~」と励まされ、
実は右の膝が痛くなり始めてきたけれども、
「ギリギリまでがんばりま~す」と返事して
走る、走る。
次に立っていたスタッフの方に、
「もしかしたら、もう次のレース始まりますか~。
もし、始まりそうだったら、やめます」と
はァはァ言いながら問いかけると、
「大丈夫!次のレース始まるまで、あと30分もあるから
気にしないで走っていいよ~。
せっかくだから、最後まで走ったらいいよ」と
普通に返事が戻ってきて、
「せっかくだから」って、今の私に
どんな意味があるのだろう?などと思いながら
また走る、走る。
4周めが終わろうとした頃は、
もうほとんどのランナーが走り終えており、
後輩もすでにゴールインし、
「無理しないで、終わっていいんだよ~」と
沿道で、私に向かって叫んでいる。
「イヤ、ついでだからもう1周してくる」と
言いながら、5周目に入ってしまった。
「せっかくだから」という言葉が、やけに心に残り、
その言葉のお陰もあり、
めでたくゴールイン!
イヤ~、
苦しかった~。
キツかった~。
後輩には、4周で終わると思っていたら、
5周目走るし、完走したので驚いた~、と言われましたが、
走った本人が一番、驚いておりますデス。
完走後のビール、最高でした。
はじめてマラソンを走っただけでなく、
う~ン、ナンとか、完走しました。
種目は10㎞マラソン。
1周が2㎞あるコースを、5周走ります。
完走時間は、はずかしいですが、84分13秒。
こんなに長い時間走ったままの経験は
未だかつてありませんでした。
そして、この84分の間、
いろいろな感情が沸いては、消え去り・・・。
自分の気持ちや感情は、刻々と移りかわり、
こんなに変わるものなのか、ということを
あらためて知りました。
苦しくなって歩いてしまうこと何十回。
共に参加した後輩には、先に行ってて~と見送り、
後輩の姿が見えなくなると、
自分は1周で終わってしまってもよいかも、と
まず、甘い考えが私の脳を支配します。
しかし、1周を終えたところで、
「このまま終えるのはもったいない」と欲が出て、
では、もう1周。
だんだん苦しくなって、
「絶対2周めで終えてやる~」と決意しながら走る、走る。
下りの坂は、自然に足が動いてくれるけれど、
折り返しての上り坂は走りたくない~。
苦しい~。
スイーツのエイドに立ち寄っても、
「スイーツ食べてる場合じゃない!」と
食べたい気持ちは、押し殺し
水分補給だけにして、2周目のゴールを目指します。
タイムキーパーの前を横切った瞬間、
「ゴールイン!おめでとうございます!」という
メッセージがアナウンスされ、
え?ワタシ?・・・まさか~ と思いきや、
なんと、5周走り終えたランナーがゴールインだったのです。
それでも、他のランナーは黙々走る。
う~ん、今ここでリタイヤして楽になるのは
簡単だけど、苦しいのは私だけじゃない。
参加している誰もが、苦しいのだ、そう思い始めたら、
足は前へ、前へと動く。
沿道に立っている年配のスタッフの方が
「大丈夫ですか~?」と声かけて下さるが、
そういわれれば、「大丈夫ですぅぅぅ~」と、
流れにのってその返事しか出ない。
苦しい人が「苦しい~、助けて~」と素直に言えるような、
訊き方って何だろう?などと考えながら、
走る、走る。
3周走り終えようとしたとき、後輩に抜かれ、
「がんばろう~」とハイタッチして再び見送り、
その掛け声に反応して、4周目に突入。
でも、やっぱり「苦しい~」から、4周で終わりにしようと
ヘロヘロになって走っていると
別のスタッフの方に、
「苦しかった無理しないでね~」と励まされ、
実は右の膝が痛くなり始めてきたけれども、
「ギリギリまでがんばりま~す」と返事して
走る、走る。
次に立っていたスタッフの方に、
「もしかしたら、もう次のレース始まりますか~。
もし、始まりそうだったら、やめます」と
はァはァ言いながら問いかけると、
「大丈夫!次のレース始まるまで、あと30分もあるから
気にしないで走っていいよ~。
せっかくだから、最後まで走ったらいいよ」と
普通に返事が戻ってきて、
「せっかくだから」って、今の私に
どんな意味があるのだろう?などと思いながら
また走る、走る。
4周めが終わろうとした頃は、
もうほとんどのランナーが走り終えており、
後輩もすでにゴールインし、
「無理しないで、終わっていいんだよ~」と
沿道で、私に向かって叫んでいる。
「イヤ、ついでだからもう1周してくる」と
言いながら、5周目に入ってしまった。
「せっかくだから」という言葉が、やけに心に残り、
その言葉のお陰もあり、
めでたくゴールイン!
イヤ~、
苦しかった~。
キツかった~。
後輩には、4周で終わると思っていたら、
5周目走るし、完走したので驚いた~、と言われましたが、
走った本人が一番、驚いておりますデス。
完走後のビール、最高でした。
スイーツマラソン ~チャレンジングな時間 3~
スイーツマラソン。
マラソンという言葉を聞くと、
どうしても思い出してしまうストーリーがあります。
それは、
Marathon des Sables
砂のマラソン。
サハラ砂漠の中を7日間にわたって走り続けるという
最も過酷な競技。
今年も、この10月末から始まると聞きましたが、
私が、このマラソンの存在を知ったのは、
このレースに参加したイギリス人の国際的な事業家
ピーター・セイジが自分の講演の中で
話をしてくれたとき。
今から7年前のことです。
暑さ50℃を超す中、
必要な食糧すべてと寝袋、約20キロを背負って、走る。
1日あたり支給されるの水は、8~9リットル。
その水で、水分補給や洗濯、調理をまかなわなければならない、
と、彼は語っていました。
その時のペースによっては
数時間誰にも会わずに、過ごしたり
夜間、独りで走り続けることもあったとも。
夜、テントの中に入ってきたサソリさえ、
友達のように思えたというのですから
いかに過酷で孤独なレースかがわかります。
彼は、何日目で食中毒にあってしまい、
すべてのモチベーション、すべての戦略、
自分をここまで引っ張ってきた自分自身への問いかけ、
すべてが消えかかっていきます。
葛藤が続き、
「続ける必要はないよ。」
すべて、やれることはやった。」という声が聞こえてきます。
最後の力を振り絞り、
エネルギーを使い果たしてしまったとき、
モチベーションが尽きて
レースから外れようと心に決めます。
発煙筒をつけると、ヘリコプターが迎えに来てくれ
レースから外れることができるということですが、
その発煙筒に火をつける瞬間、
彼は、あるものを見ます。
彼のそばを、
盲目のアジア人男性が走り過ぎて行くのを
見たのです。
自分の足がどこを走っているのかも見えない、
景色をたのしむこともできない。
手首が、ガイドしてくれる人の手首と繋がっているだけ。
ピーターは、何が彼を走らせているのだろう?
なぜ、この男性は走り続けているのだろう?
と思い、盲目人男性に追いつくべく、
再び、走り出します。
そして、ピーターがわかったのは
このアジア人男性は、数年前に弟を癌で亡くしたが、
弟がいた病院に寄付をするために
毎年、このレースを走っているというとでした。
また、その男性は自分を超える使命と理由をも持っていた
ということも、わかりました。
ピーターは、彼に出会ったことで、
7日間のレースを完走することができました。
それだけでなく、
ピーターが盲目の男性が走り去るのを見たとき、
エネルギーがどこからか沸いてきたのを感じ、
それはどん底にいて何一つ残っていないとき、
自分が目を開き、心を開いてみようとしたときだけ
人生は奮起させてくれる何かを与えてくれるのだ、
ということを知り、
私達に、そう語ってくれています。
マラソンという言葉を聞くと
どうしても、思い出してしまうストーリーとサソリ。
それは
Marathon des Sables
砂のマラソン
♡ ♡ ♡
マラソンという言葉を聞くと、
どうしても思い出してしまうストーリーがあります。
それは、
Marathon des Sables
砂のマラソン。
サハラ砂漠の中を7日間にわたって走り続けるという
最も過酷な競技。
今年も、この10月末から始まると聞きましたが、
私が、このマラソンの存在を知ったのは、
このレースに参加したイギリス人の国際的な事業家
ピーター・セイジが自分の講演の中で
話をしてくれたとき。
今から7年前のことです。
暑さ50℃を超す中、
必要な食糧すべてと寝袋、約20キロを背負って、走る。
1日あたり支給されるの水は、8~9リットル。
その水で、水分補給や洗濯、調理をまかなわなければならない、
と、彼は語っていました。
その時のペースによっては
数時間誰にも会わずに、過ごしたり
夜間、独りで走り続けることもあったとも。
夜、テントの中に入ってきたサソリさえ、
友達のように思えたというのですから
いかに過酷で孤独なレースかがわかります。
彼は、何日目で食中毒にあってしまい、
すべてのモチベーション、すべての戦略、
自分をここまで引っ張ってきた自分自身への問いかけ、
すべてが消えかかっていきます。
葛藤が続き、
「続ける必要はないよ。」
すべて、やれることはやった。」という声が聞こえてきます。
最後の力を振り絞り、
エネルギーを使い果たしてしまったとき、
モチベーションが尽きて
レースから外れようと心に決めます。
発煙筒をつけると、ヘリコプターが迎えに来てくれ
レースから外れることができるということですが、
その発煙筒に火をつける瞬間、
彼は、あるものを見ます。
彼のそばを、
盲目のアジア人男性が走り過ぎて行くのを
見たのです。
自分の足がどこを走っているのかも見えない、
景色をたのしむこともできない。
手首が、ガイドしてくれる人の手首と繋がっているだけ。
ピーターは、何が彼を走らせているのだろう?
なぜ、この男性は走り続けているのだろう?
と思い、盲目人男性に追いつくべく、
再び、走り出します。
そして、ピーターがわかったのは
このアジア人男性は、数年前に弟を癌で亡くしたが、
弟がいた病院に寄付をするために
毎年、このレースを走っているというとでした。
また、その男性は自分を超える使命と理由をも持っていた
ということも、わかりました。
ピーターは、彼に出会ったことで、
7日間のレースを完走することができました。
それだけでなく、
ピーターが盲目の男性が走り去るのを見たとき、
エネルギーがどこからか沸いてきたのを感じ、
それはどん底にいて何一つ残っていないとき、
自分が目を開き、心を開いてみようとしたときだけ
人生は奮起させてくれる何かを与えてくれるのだ、
ということを知り、
私達に、そう語ってくれています。
マラソンという言葉を聞くと
どうしても、思い出してしまうストーリーとサソリ。
それは
Marathon des Sables
砂のマラソン
♡ ♡ ♡
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