2010年5月5日水曜日

驚きました

昨日は、
「東京から大和町へ戻ったらすぐに、
 ドラッカーの経営者の条件を読みはじめよう!」と心に決めて、
3日ぶりで帰宅しました。

が、途中、夕方混み合う仙台駅構内の本屋さんの前を通り・・・・
ピーン!

と、同時に私はすでに「もしドラ」を手に、
レジの前に並んで立っていました。

・・・ということで、
昨日、予定外の「もしドラ」を買ってしまったために
<「経営者の条件」を読み始める>という目標が
<連休中「もしドラ」を読み切ってしまおう>という目標に摩り替わり、
先程、読み終わったところです。

イヤ~、驚きです!

まさか、「もしドラ」にこんなに感動させられるとは
思ってもいませんでした。
素晴らしいストーリー仕立てでもあったので。

当然、マーケティングやイノベーションを
野球の部活に織り交ぜて
ドラちゃんのいう「マネジメント」を描いていくものだろうということは
予測されていたわけですが、
しか~し、
「高校2年の夏休み前に、
バスケ部のマネジャーをすることになった」高校時代の私と、
主人公のみなみちゃんの設定が非常に似ていたので、
ただそれだけで、最初からみなみちゃんに
完全に感情移入してのスタートでした。

みなみちゃんが
ドラッカーの「マネジメント」エッセンシャル版と出会ってから、
夏の高校野球予選出場まで、
ことあるごとに、「マネジメント」ではこういってるわ、と
必ず「マネジメント」に還っており、
本の中で数ページに数回、
実に的確なところで
ドラちゃんの言葉が引用されています。
これは素晴らしかったです!
適材適所ならぬ「適文適所」とでも申しましょうか。


「もしドラ」読んで、ドラッカー本を読みたくなり、
実際、ドラッカーを読み始めた読者も
多かったことでしょう。

笑ってしまったのは、
野球部の変容が、他の部活からも注目され、
みなみちゃんが、他の部活のコンサルを始めることになったところが
予想外の展開で非常に面白かったです。

それは「マネジメント」の中でいう、
「社会の問題についての貢献」に結びついており、
他の部活と交流・連携することで、
お互い相乗効果を発揮し、さらに向上するというシナジーが、
わかりやすく表現されていました。

また、「もしドラ」のお見舞い面談では、
入院中のマネージャー、夕紀のお見舞いをする一方で、
夕紀は、部員の一人ひとりと面談し、
彼らの本音
 (自分がしたいこと、野球部に期待するもの、やってほしいこと )を
引き出し、マーケティングにとりかかります。

これは、まさにコーチングそのものだ~!と
現在コーチングの勉強をしている私にとって、
非常に興味深いものがありました。

・・・・・と、まだまだ、感銘をうけた場面を書いていきたい
ところではありますが、

やはりコレです。

週刊ダイヤモンドでの、
「もしドラ」の著者、岩崎夏海氏と
ドラッカー著作の翻訳家、上田惇生氏との対談の中で、

上田さんが、
「現代では、あらゆる仕事が組織を通じ、
 組織においておこなわれるようになっている。

 しかし、そこで働く人々が生き生きとし、いい仕事をするような
 組織になっているだろうか。

 組織の運営のされ方いかんで、つまりマネジメントにより
 世の中はよくも悪くもなる。

 金儲け、欲とかはまったく関係ない。

 政治学者だったドラッカーは、
 いい世の中になるには、いったい何が必要なのだろう?と
 常に問い続けていた。」

と、おっしゃっていましたが、
これが一番、私の心の奥深~いところに響いています。


              ※

2010年5月4日火曜日

ドラちゃん

「ドラちゃん」ときけば・・・

イメージするのは、
まずは「ドラえもん」、または「ドラミちゃん」
それとも「どらやき」かな~?

話は変わって、世間では
「もし高校野球の女子マネージャーが
ドラッカーのマネジメントを読んだら」
というタイトルの青春ストーリーが大ヒットしているらしいのですが、
すでに読まれた方も多いのでは?

その小説を読んだことのない私は、
「?? 部活のマネージャーとドラッカー?」
「あ~、でもそんなことより、まず私自身がドラッカー読まなきゃ~」
「それにしても、マネージャーとドラッカーがなんで?」
             ?
             ?


ところで、
経営学者 ピーター・F・ドラッカーの経営書の3大古典の一つ、
「経営者の条件」。
実は私も持っております。

正確に申しますと、昨年暮れ
経営コンサルタントをなさっている
PMC株式会社の村上和人先生にいただきました。
「経営者なのだから、是非読んでみて下さい」と・・・。

村上さん、ありがとうございました。


「読まなきゃァ~」と、思っていたところへ、
「もしドラ」38万部突破という、
私にとってはと~っても刺激になる情報!

週刊ダイヤモンドの4月17日号では、
「もしドラ」を紹介し、
その主人公のモデルになったAKB48のメンバーも登場。

また、ドラッカーの主要な本を翻訳している上田惇生氏も
「もしドラ」の著者岩崎夏海氏とのインタビューで登場し、
さらに、ドラッカー自身についてもかなり詳しく触れている
ページもありました。

8歳のころには、フロイトと出会い、
10代で、キルケゴールを読み、
22歳の時、ヒトラーの政権掌握を予測して、
新聞記者としてヒットラーにたびたびインタビューしていると・・・。
(ココ、一番反応してしまいました)

45歳で「マネジメント」の概念を確立し、
50歳で初の来日。

そして、95歳でなくなるまで、
あらゆる分野で予測、予見、警鐘などを繰り返しながら、
ドラッカー本を刊行していく限りなき才能とその活躍ぶりには
ただただ頭が下がる思いがいたします。

で、にわかではありますが、
この世界的影響力爆発の巨匠ピーター・ドラッカー氏の
プチファンになってしまった私にとって、
ドラッカーを「ドラッカー」と呼び捨てするには、少しの躊躇。
ヒットラーを「ヒットラー」と呼ぶのとは、全然ワケが違います。

チョビット、というよりもかなりの親しみをこめて、
「ドラちゃん」と呼ばせていただいたしだいでございます。
ドラちゃん、ごめんなさい。

実は、今、ゴールデンウィークの真っ最中。
都内で歯科仲間の先生方と合宿しており、
今、手もとにドラちゃんの本がな~い。

う~ン、急に「経営者の条件」読みたくなりました。
今日は大和町に帰ります。
「帰ったら早速!本を読み始めよう」と心に決めて・・・。

               ※

お花たち







花壇や芝生周辺にも花々が。




子供のころ、「花の絵を描く」というと決まってチューリップでした。



たんぽぽは名前がかわいくて、黄色で丸い形がいつみても愛らしいです。






小さい時から親しみ、馴染みのあるお花達は



私達をホッとし、安心させてくれる不思議な力を持っているような気がします。



2010年5月2日日曜日

わが町・大和にもようやく春がー佐藤歯科のお花見

この時期は、何かと話題が桜・サクラ・さくらにフォーカスされます。

開花したか、しないか、に始まって、
三部咲きだの五部咲きだの。
風が吹けば、花びらが飛ばされるのが心配で心配で、
満開になったかと思うと、
アァッという間に葉桜になり・・・・・。

その点、今年はこの悪天候のお陰で、
充分桜を楽しめたようではありますが・・・。

   ♪ 花びらがァ~、散ったあとのォ~ 
   ♪ 桜が~、冷たくぅ~、されるように

と唄ったのは、私が高校時代、
大のファンだった「風」の正ヤンこと伊勢正三さんですが、
とにかく、私達日本人は
サクラが大好きで大好きでたまりません。

                    ・

さて、わが佐藤歯科のガーデンには、桜の木こそありませんが、
この時期になると、もの静かに 咲きほころぶ木々や草花達が
住んでいます。





青空に向かって咲きほころぶ白梅です。




椿とそれに寄り添う鮫川石です。
待合室からこの椿姫見えますよん。



写真の右下に見える花はムスカリといいます。
芝生の端っこに、けなげに、 けれども凛と咲いています。

約40年もの間、彼らはその時期になると登場しては、私達を癒してくれています。

ありがとう。


                              ※
                    





















2010年4月18日日曜日

日本顕微鏡歯科学会参加で札幌へ


上記タイトルの学会参加のため、前日の17日(土)札幌へ~。
              ・
この日、わが町大和町は朝から雪。
仙台、雪のちくもり、気温2度
札幌、晴れ     気温8度。
              ・
うっひゃ~。!札幌のほうが、暖かい。
              ・
さて、顕微鏡歯科学会。
マイクロスコープを使っての歯科治療の研究会であ~る。
              ・
今年で7回めだそうだが、
今から6年前の2005年4月、東京歯科大で開催された2回めと
その翌年、東京医科歯科大で開催の3回めに参加して以来の
実に4年ぶりの参加でした。
               ・
この4年間は、どちらかというとこんなでした。
  ①インプラント治療にフォーカスしていた
  ②マイクロスコープ下での治療は、
   一部のスペシャリストが行うものであって
   自分がそれを使って治療をするなどとはおよそ現実的ではないと
   まだまだ顕微鏡を使うことに抵抗があった。
               ・
しかし、昨年の10月
The Academy of Microscope Enhanced Dentistry(AMED)
アメリカの歯科医師を中心にした顕微鏡歯科の国際学会が
東京で開催されるということで、私は自分に期限を設けました。
                ・
「AMED開催までにマイクロスコープを用いての診療をスタートさせよう!
 そして、AMEDに参加する」と・・・・。
                ・
などの経緯があり、
その後、ZEISSのマイクロスコープを導入したことは、
以前のブログでもご紹介したとおりでございます。
                ・
ということで、このたびの札幌大会は
ユーザーとしての参加でありました。
                ・
まず驚いたのは、参加人数が多かった~。
参加人数は約280名だったとか。
恐らくこの数年の間、
私のようにマイクロスコープを使用し始めた歯科医師が
増えたのではないかと思われます。
                     ・
講演の演者が、ほとんど開業医であるのは以前からの特徴です。
                     ・
講演の合間に、各顕微鏡メーカーが自社の顕微鏡の紹介をする
時間が設けられていたのは、非常に良かったと思います。
そして、マイクロスコープの種類も増えていました。
                     ・
私が初めてマイクロスコープを見たのは、
1995年ごろ、アメリカ歯内療法学会に参加した時のこと。
                     ・
患者さんのお口の中を覗くのではなくて、
顕微鏡を覗いて治療することに、違和感を覚えた記憶がありますが、
あれから15年以上。
                    ・
今では、マイクロスコープがないと困る診療もあり、
まだまだこれからではありますが、
マイクロスコープを用いての治療の幅を拡げていかなければと
痛感させられた学会でありました。
                    ・

2010年2月28日日曜日

アメリカ心臓協会 ベーシックライフサポート インストラクターコース

先月の、アメリカ心臓協会ベーシックライフサポート 
ヘルスケアプロバイダーコースに引き続き、
今日は、そのインストラクターコースを受講してきました。

インストラクターコースと聞きますと、
「えっ?救急蘇生のし方の指導員になるの?」と思われますし、
もちろんその通り、救急蘇生を他のどなたかにお教えする役目ですが、
その最終ゴールは、「社会貢献」であります。

何か起きた際に、
救急車を呼んで到着するまで平均8分といわれるその間、
自分達にできる限りのことをしたいと思います。

何人かのサポートを得ながら可能となる救命処置。

診療室内での出来事であれば、
例えば、救急車を呼ぶ人、
ポケットマスクを準備する人、
心臓マッサージ(今は胸骨圧迫というそうです)を
交替して行う人など、
スタッフの協力が必要で、
そこを瞬時に動いてもらうためには、
スタッフ全員が救急蘇生に対して
同じ知識をもっていなければなりません。

また、街中や沿道での出来事であれば、
周囲の人に手伝ってもらうこともでてくるでしょう。
そのためには、一般の方にも基本的なことを知っていただくと
ありがたいことがたくさんあります。

地域全体が同じレベルでその大切さを認識する機会があれば、
それはとても望ましいことと思いますが、
まずは、身近な人たちにお伝えし、知っていただく。
少しずつ・・・。
そうすることで、どこかで誰かのお役に立てれば・・・・。

そのような、ところから発したインストラクターコースの受講。

そして、知識や技術を身につけることと同時に、
「インストラクターとしての資質を磨くとも大事!」
ということも学んできた本日。

大変勉強になりました。

東京では朝から冷たい雨が降る中、
東京マラソンが開催された模様ですが、
今年はどうだったのでしょう?
選手の皆さんはじめ、関係者の方全員が
ご無事だったことを祈りつつ・・・。

             *

2010年2月21日日曜日

日本歯内療法学会関東甲信越静支部会に参加


今日は、朝から上野で歯内療法学会のセミナーがありました。

「歯内療法」というのは、読んで字のごとく、歯の内部の治療のことで、
例えば、神経を抜いたり、昔治療した根の再治療をしたり、
いわゆる、「根の治療」のことであります。


つまり、歯科の治療の中では、最も地道で、奥が深く、
診査・診断の難しさを実感させられる治療分野であり、
また、その歯の予後を決定する大きな要素となる治療でもあります。

この歯内治療の基本をガッチリ学んだのは、
恩師、吉田直人先生の診療所での3年間の勤務時代でした。
また、吉田先生の師匠である大谷満先生にも
「吉田直人先生の弟子」ということで、多くのことを教えていただきました。

吉田先生が、この歯内療法を得意とし、
日本の歯内療法学会のみでなく、
今から30年も前、
すでにアメリカの歯内療法学会の認定医でもあったことは、
その後の私の臨床においての向学心の源となりました。

さて、日本歯内療法学会には1996年の5月に入会し、
もうかれこれ15年もたってしまいましたが、
ここ数年、学会や講習会というと、
インプラント、マイクロスコープ、CT、3Mix、
パーフェクトペリオカリエスシステムなどがメインになり、
歯内療法学会から、少しばかり遠ざかっておりました。

・・・・というのも、
2006年4月、巨匠・大谷満先生が亡くなられ、
大谷歯内療法研究会がなくなり、
歯内療法を勉強する機会が少なくなってしまったところへ
私自身、インプラントなど他の分野の勉強の時間が増えた
ということもあり、結果的にご無沙汰してしまったのかもしれないなと、
おおいに反省しながらの受講でした。

そして、歯内療法一筋に生きた大谷満先生。
亡くなられて4年の月日が流れてもなお、
学会中、そのお名前が、
頻繁に、そして、当たり前のように出てくるその凄さ!
大谷先生なしでは、歯内療法は語れないと
痛感した一日でもありました。
上の写真は、
大谷先生(手前のお方です)に「勉強会のお手伝いしてね」と
お誘いを受けて参加したときに、撮っていただいた写真ですが、
このセミナーは、大谷先生最後のセミナーになってしまいました。
大谷先生に教わった数々のテクニックとその哲学。
今後も、患者の皆様のご要望にお応えできるよう
日々の臨床に大いに役立て、
また、これからの若い先生方にも大切なことを
お伝えしていかなければ!と
あらためて感じた日でありました。